【足立区小菅駅周辺】この灯籠、何だろう?調べてみたら、昔ここに「御殿」があった

管理人の日常

「これって、いったい何なんだろう?」

と思うことがあります。

今回、僕が気になったのは、足立区小菅駅周辺に残る「御殿灯籠」です。

小菅といえば、現在は東京拘置所がある場所として知られています。

僕もこの辺りを歩くことがありますが、改めてこの灯籠を見て、

「かなり古そうだけど、これは何のためにあるんだろう?」

と気になりました。

そこで少し調べてみることに。

すると、今の小菅駅周辺からはなかなか想像できない、驚くような歴史が見えてきました。

実際に見てきた「御殿灯籠」

今回、実際に小菅を歩いて撮影してきました。

一見すると、昔から残っている古い石造物という印象です。

でも、この灯籠の背景を知ってから見ると、

「なぜここにあるんだろう?」

「御殿灯籠ということは、昔ここに御殿があったの?」

と、いろいろ気になってきます。

そして調べてみると、本当にこの周辺には「小菅御殿」がありました。

昔の小菅には「小菅御殿」があった

現在の小菅からは、将軍が暮らしていた場所があったとは、なかなか想像できません。

ところが江戸時代、この場所には徳川家と深い関わりを持つ「小菅御殿」がありました。

足立区の資料によると、小菅御殿は8代将軍・徳川吉宗が、9代将軍となる徳川家重のために整えた御殿です。

当時の小菅は、今よりも自然が豊かな場所でした。

幼いころ病弱で内気だったとされる家重を、吉宗は自然の中で健康に育てようと考えたそうです。

そこで家重は、この小菅御殿で暮らすことになりました。

まさか…将軍になる家重が小菅で「魚とり」

ここが、僕が一番驚いたところです。

小菅御殿で暮らした家重は、なんと農家の子どもたちと同じように、川や池で魚とりをして遊んでいたそうです。

「将軍になる人が?」

と思ってしまいますよね。

江戸城の中で、ずっと大人たちに囲まれて育ったようなイメージがありますが、小菅では自然の中で、子どもらしく遊んでいたんです。

しかも、数か月もすると家重は目に見えて丈夫になり、明るくなっていったと足立区は紹介しています。

現在の小菅を歩きながら、

「ここで昔、将軍になる子どもが魚を捕って遊んでいたのか……」

と考えると、なんだか不思議な気持ちになります。

小菅御殿は「遊び場」だけではなかった

もちろん、小菅御殿は家重が暮らすためだけの場所ではありませんでした。

8代将軍・吉宗自身も、たびたび小菅御殿を利用したとされています。

将軍が数日間宿泊することもあり、御殿には老中をはじめとする幕閣や警護番、諸役人の執務室も設けられていました。

さらに、臨時の幕府政庁としての役割まで果たしていたそうです。

つまり小菅御殿は、

「将軍がちょっと休憩する場所」

というだけではありません。

将軍が滞在し、家臣たちが仕事をし、場合によっては幕府の仕事まで行われる場所だったんです。

今の小菅からは想像できない

今、僕たちが歩いている小菅。

道路があり、住宅があり、東京拘置所があり、普段の生活がそこにあります。

でも、江戸時代には、この辺りに小菅御殿があり、徳川家と関係する場所だった。

そして、その場所で将軍になる家重が、子どもたちと魚を捕って遊んでいた。

そう考えると、普段何気なく歩いている街の景色が少し違って見えてきます。

御殿はなくても、歴史を感じさせるものが残っている

現在、小菅御殿そのものを見ることはできません。

それでも、今回のような石造物などを見ると、

「この場所には昔、何があったんだろう?」

と想像するきっかけになります。

建物がなくなってしまっても、何か一つでも昔を感じさせるものが残っていれば、そこから歴史を知ることができます。

今回の「御殿灯籠」も、僕にとってはそんな存在でした。

足立区を歩くと、まだまだ知らない歴史があるかもしれない

今回、御殿灯籠をきっかけに小菅の歴史を調べてみました。

正直、僕もこの灯籠を見るまでは、

「昔、この場所に将軍と関係する御殿があった」

なんて知りませんでした。

足立区には、こうした「知っているようで知らない歴史」が、まだまだ残っているのかもしれません。

神社やお寺だけではなく、

古い石碑。

灯籠。

地名。

昔から残っている道。

何気なく見ているものを少し調べてみるだけで、思わぬ歴史に出会えることがあります。

まとめ|小菅を歩いたら、昔の景色を想像してみたくなった

今回は、足立区小菅を歩いていて気になった「御殿灯籠」から、小菅御殿の歴史を調べてみました。

現在の小菅からは想像しにくいですが、ここにはかつて小菅御殿があり、9代将軍・徳川家重が幼いころに暮らしていました。

しかも、農家の子どもたちと一緒に川や池で魚とりをして遊んでいたという話まで残っています。

さらに、将軍が数日間宿泊したり、幕府の仕事を行ったりする場所でもありました。

そう考えると、今歩いている小菅の街も、少し違って見えてきませんか?

僕自身、今回調べてみて、

「足立区って、まだまだ知らない歴史があるんだな」

と感じました。

これからも足立区を歩いていて、

「これ、何だろう?」

「ここには昔、何があったんだろう?」

と歴史を感じる場所を見つけたら、また調べて紹介したいと思います。

そして、このブログでは足立区の「昔」と「今」を楽しむ、駅ごとの今昔クイズもやっています。

「昔のこの駅、こんな姿だったの?」

と思うような問題もありますので、ぜひそちらの記事も見ていってください。

足立区を歩きながら、今の街だけではなく、昔の足立区にも少し目を向けてみる。

そんな楽しみ方も、なかなか面白いですよ。

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